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biscuit notes

Spotifyプレイリストとか音楽のもろもろをつらつらと

月がきれいですね / 星野みちる

2019年秋。今なお、星野みちるの新しい作品が聴けるということ、なんだかとっても不思議な気持ちでいます。そしてこの新作が、今のところ2019年の心のベストテン第一位、10数年に及ぶソロシンガーとしてのキャリアのなかで一番好きなアルバム。今なお、「星野みちる、最高か」と思えるのは、嬉しくもあり、でもやっぱり不思議な気持ちだったりします。




もともと星野みちるは、2005年12月にAKB48のオープニングメンバーとして初めて舞台に立ち、2007年6月に卒業。ほどなくしてソロ活動に入るものの、元居たグループが一気に知名度を上げていく中、ライブ動員は数十人~100人ちょっとを推移する苦しい状況。そんな中でも、「毎回ライブのたびに新曲をつくる」というミッションを課せられていたこともあり、シンガーソングライターとしての礎が少しずつ築かれることに(…今思えば、いくつか本人以外の力は借りていたような気もするけど)。こうした様々な努力が実を結んで、2009年4月にようやく初めての作品、7曲入りのミニアルバム『卒業』をリリース。これまでつくってきた、ライブで披露してきた楽曲たちも何曲か収録されたものの、本人が書いていた詞は一部を除いて他のAKBメンバーが書いたものに変更、本人作詞の曲も歌詞やらキーやら大幅変更。当時のライブ定番曲にも大きな違和感が生じ、個人的には当時のなかでは一番好きだった「せなか」というスローバラードが全然違う雰囲気に改編されたのがだいぶショックでした…本人が一番ショックだったろうし、作詞したメンバーにも罪はないんですが。いずれにせよ、そんなモヤっとした状態のまま7月に活動休止。正直もうこの時点で、星野みちるというシンガーは消えてしまったのかなと、自分を含めた大半のファンがそう思ったんじゃないかなと思います。

しかし縁というのは不思議なもの。とある事務所の目にとまり、3カ月後にはライブ復帰。事務所も移籍して第二のスタートを切ることに…なったのですが、今思えばそこはまあ酷い事務所で。ワンマンライブでもアンコール含めて10曲前後、何ならライブ本編より時間を割かれた気がするライブ後の物販、謎のMichiruへの改名、余裕でチケット取れるのに何故かファンクラブ設立、入金させるも特に何もせず閉鎖(なお自分は入会しなかった模様)…ここの事務所で残した作品はミニアルバム(カバー数曲とオリジナル2曲)+1曲のみ。震災を機につくられた「大切なあなた」は素直に良い曲だと思ったけれど、ソロシンガーとしての彼女の個性を尊重した活動は、事務所側から率先してなされなかったと記憶しています。2012年7月には事務所を離れることに。こうもうまくいかないものか…それは本人もファンも思ったに違いないでしょう。

大切なあなた / Michiru(2011)



大きな転換を迎えたのは同年10月。シングル「い・じ・わ・る・ダーリン」のリリース。それまでの弾き語りスタイルからレトロな打ち込みサウンドにシフトチェンジ。はせはじむさんにその歌声を買われ、佐藤清喜さん(microstar)と共にここから彼女をプロデュースすることに。所属先をVIVID SOUNDへ移してからは、約5年間に渡ってシングル18枚(!)、アルバム6枚(うち1枚はカバーアルバム、1枚はミニアルバム)、DVD1枚と、これまでの不遇な時代が嘘のように怒涛のリリース…。音楽性も、歌謡テイストが強いメロディと電子音を主体としつつ、時としてギターポップやサンバなど様々なジャンルを飲み込み、徐々に大人でムーディーな要素も増えていくなど幅を広げていきます。作詞作曲に関して自身が手掛けることは決して多くなかった(アルバム1枚につき多くて3~4曲くらい)ものの、ふんわりした独特な空気感をもった本人の個性を生かす楽曲・コンセプトづくりが成され、着実に星野みちるというポジションが確立されつつあった印象です。

私はシェディー(Short ver.) / 星野みちる (2013年『星がみちる』より)


夏なんだし / 星野みちる (2015年『YOU LOVE ME』より) 
※プロデュース:小西康陽さん(!)、ゲスト出演:稲川淳二さん(!?)


流れ星ランデブー / 星野みちる (2017年『黄道十二宮』より)
※ダンサー:西田欣主さん(日暮里ニシダダンススクール)


驚くほどすべてが順調(当社比)、このままこれが続いていくと思っていた矢先、2017年6月のアルバム以降、パタッとリリースが途絶えることに。VIVID側とプロデューサー側で方針のズレが生じ、そのまま空中分解、はせはじむさんはプロデューサーを降りVIVID側と裁判沙汰に(最終的にどうなったかは知らない)。これまで築いてきたものが簡単に崩れていき、本人も引退寸前という状態まで来てしまっていたそうです。この絶望の中、当時のスタッフに「一度自由にやりたいことを楽しくやろう」と提案されたのを機に気持ちが徐々に変化。2018年11月、VIVID SOUND所属から離れ、新レーベル『よいレコード會社』を立ち上げ、社長に就任することを発表。星野みちるは、三度目のリスタートを切ったのです。

と、改めて今までを振り返って凄いと思うのは、ピンチになったとき必ず誰かが手を差し伸べてくれているということ。本人のほっとけない性格もあるんでしょうが、そもそも星野みちるの歌が好きとか、支えたいと思わせる何かが無いと絶対にあり得ないわけで。人徳もあるのかな。とにかく凄いことだと思います。そして、今年リリースされた新作も、様々な方の温かな支え、思いが垣間見える作品です。前置き長くなりましたが、ここからが本題…。





アルバムタイトルは『月がきれいですね』、“I love you.”の和訳だそうで、苦境の末に辿り着いたシンプルな答えなのかもしれません。10曲36分、全編打ち込みなしの生音。VIVID時代はどちらかというとプロデューサーの意向が強めに反映されていましたが、本作は6曲が星野みちる作曲、そのうち3曲は作詞も担当、全曲ピアノ演奏とソロデビュー間もない頃の弾き語り主体のスタイルに回帰と、本人の意思が今までより強く出ている印象です。

そして、もうあの不遇だった頃とは本人の力量も違いますし、なにより様々な方のサポートが全然違います。これまでライブのバックに流れる映像などを担当していたサリー久保田さん(SOLEIL)が新たにプロデューサーとして舵を取り、数々のTVCM楽曲などを手掛けてきた岡田ユミさんがアレンジを担当。活動再開以降、ライブでは欠かせない存在となりつつあるチェロの吉良都さん、パーカッションの山下あすかさんがアルバムでも何曲もボトムを支えており、過去の作品でも楽曲提供してきた飯泉裕子さん(microstar)、清浦夏実さん(TWEEDEES)、辻林美穂さんの作詞曲も。さらにはラジオでたまたま聴いたことがキッカケとなって楽曲提供してくださった伊秩弘将さん(SPEED世代的には軽いパニック!)というビッグネームまで…。その他、VIVID時代のスタッフさん方をはじめ、数々の方の思いが結集し、それに星野みちる本人が応えるようにしてつくられたのが、この作品だと思います。

表題曲でもある1曲目「月がきれいですね」はピアノ・チェロ・パーカッション・ベースのシンプルな布陣でしっとり歌い上げ、2曲目「みちるの泰平洋航」では色んな国々を軽々と飛び越えていくみちる社長の姿が容易に想像できる楽しい曲。本人作詞作曲してるし、『よいレコード會社』の社歌になりそうな勢い。そして3曲目「雨粒のワルツ」が本人作曲であり本作のメイン。アコーディオンの響きが切なさを助長させ、その上に乗る歌声が美しい。こういう楽曲、昔なら絶対つくれなかったと思う。いかにVIVID時代でソロシンガーとしての幅が広がったか、非常によく分かる1曲です。

雨粒のワルツ / 星野みちる


ピチカート・ファイヴのカバーである4曲目「皆笑った」ではマリンバなど様々な音の軽やかさが、5曲目のみちる流のロックナンバー「ロックンロール・アップルパイ」(本人作詞作曲)ではコントラバスの躍動感がサラっとした歌声をさらに引き立てる。ここまで聴いて改めて思うのは、主役の歌を盛り立てる音の豊かさ。アコースティック色の強い作品でも、色々な音が散りばめられていることで単調にならず、いわゆるグルメリポーターとかがたまに言ってくる「食感が楽しい」的な?シンプルなようでいて、細部にわたって音や楽しさにこだわっているのを改めて感じました。

力強いドラムが攻めてくる6曲目「サプライズ日和」(伊秩弘将さん作詞作曲)で一気に弾けたあとは、グッと歌謡テイストな大人色が増す本人作曲の7曲目「私だけの人」へ。この緩急、すごい好きです。この7曲目もまた、VIVID時代があったからこそ生まれた曲なんだろうな…。8曲目の南野陽子さんカバー「話しかけたかった」では楽器はアルトサックスとシンバルだけ、Smooth Aceの分厚いコーラスに安心感を抱きつつ、なんだか夕暮れ時に家に帰っているみたいな少しセンチメンタルな気持ちに。ここで、「ああもうすぐアルバムが終わってしまうんだな」と、なんとなく予感。

再々スタートを切ったはじめてのシングルである9曲目「逆光」で再びしっとり聴かせたあとは、1アルバム最後の10曲目「ダブルアンコール」。本人が作詞作曲したこの曲は、過去にもあった「マジック・アワー」「行きたい方へ」などと同じく、今の気持ちを綴ったであろう楽曲。自分の何を見てか知らないけど勝手なことしか言わない外野、離れていくのを何もできない止められない自分への不甲斐なさ、様々な葛藤と不安。それでもそばには仲間がいるし、待ってくれている人もいる。ダブルどころかもっとたくさんの「終わり」を味わいつくし、それでも歌を歌い続けることを決めた彼女。


「見ていて」


アルバムはこの一言で締めくくられます。自分が他人に出来ることなんて限られているし、色々と歯がゆいときも過去ありましたが、この力強い一言の通り、自分は星野みちるの音楽人生が今後どうなるか見ていくのみです。そして、せめて少しでも誰かにこの良さが伝わればと思い、こうして文章を綴っています。

『月がきれいですね』 - Official Trailer






星野みちる、いわゆる昨今流行のエモさが分かりやすい熱唱系とは異なりますが、むしろそういう暑苦しさ、情報過多な音楽にウンザリしている方には打って付けです。「もっと腹から声出せ」という人もいるかもしれませんが、こういうスタイルだってあっていいじゃないの。本作『月がきれいですね』は、星野みちるがどういう歌をうたうのか、そのすべてが詰まった名刺代わりの作品になったと思うので、是非とも色んな方に届いてほしいです。

(購入はこちら。Amazonとかでも買えるよ!)
https://www.vividsound.co.jp/item.php?lid=4540399319476
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